遊佐刺し子のピンクッション

きれいな刺し子のピンクッションが入荷しました!

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東北地方に伝わる刺し子の伝統には、大きく分けて3つの流れがあります。
津軽では「こぎん刺し」、南部では「菱刺し」、庄内地方では「庄内刺し子」と呼ばれ、日本の三大刺し子とも言われます。

その庄内刺し子の原点とされるのが、山形県遊佐町に伝わる「遊佐刺し子」です。
「こぎん刺し」と「菱刺し」は、麻生地の織り目の何本目をすくうかを数えながら刺していくため、定規で測ったように正確な模様があらわされますが、「遊佐刺し子」は、基準線を縦線のみ引いて、線から線までの刺し目の数を刺し手が決めて刺し始めます。
そのため、一目ごとの寸法にもいくらかの誤差が生じ、全体におおらかさを感じる模様を作ることになります。刺す人が違えば目数や段数も異り、結果として類を見ない文様の多様性を持つこととなりました。

寒さの厳しい土地には綿花が育たないため、東北に暮らす人々にとって綿布はたいへん貴重なものでした。そのため、江戸時代の農民は木綿を着ることが許されず、麻の衣服しか身につけられなかったのです。しかも、裏地をつけることさえ禁じられていたのだそうです。

衣服に総刺しの刺繍を施す「刺し子」は、そうした過酷な暮らしの中で、農民たちが生み出した知恵と言えるものでした。それは、衣服を長持ちさせるための補強の意味でもあり、生地を二重にしたのと同じ防寒効果を持たせることにもなったわけです。

やがて明治時代の半ば頃になると鉄道が敷かれ、安価で大量の綿布が流通するようになり、手間のかかる刺し子は徐々に衰退していきます。しかしこの美しい手仕事に魅せられた一握りの人々にささえられ、かろうじてその技術が伝えられ続けてきたのです。

 

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2015-03-14 | Posted in 生活雑貨商品のご紹介Comments Closed 

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